6 21, 2010
品種改良は人間の、、、!
人間は、犬や猫はもとより、数多くの動植物を品種改良してきました。確かにその利点もありますが、それ以上に、人間の欲望や都合によって品種改良されて失われた本来の良さもあるはずです。そしてそれと同じ事がイエスの残した言葉や人間としてのイエスの姿にも当て嵌ります。イエスは元々アラム語という言語を使っていましたが、それが色々な言葉に翻訳されていくうちに、本来の意味を失うばかりでなく、翻訳者の考えや権力者の都合=教会の都合によって、全く意味の違うものとなっています。ただしグノ~シス派の聖書は、イエスがアラム語で語った本来の意味に近いものであるばかりでなく、一人の人間としてのイエスの姿がシンプルに描かれています。なかでも弟子の一人が、イエスがマグダラのマリヤとチュッとキスをするのに文句をいう場面には、深い意味があるわけです。先ずは、生涯独身だと思われていたイエスにカ~チャンがいた。そして当然、子供もいたはずですから、今も可也の高確率でイエスの血を引く人間がヨ~ロッパの何処かにいるわけです。ただ、、それらはロ~マカトリック教会から異端と見なされて、闇に葬られたままになっています。 真実は一つのはずなのに、それをゆがめてしまう人間の欲望は、、怖いものです。 MAHALO !
投稿者 kenji : 2010年6月21日 06:14

